Amazonアフィリエイト報酬について

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こちらの意図しない形で引用されるのは仕方がないと分かってはいるが・・・

やはりTwitterは苦手です(苦笑)。
 


 
どのような文脈で、あの笙野頼子氏のBOTを引用したのかは、呟いた当日のまとめを参照して下さい。
 

twilog.org

  
一応、下記エントリーも参考までに。
 

笙野頼子氏論説「女、SF、神話、純文学——新しい女性文学を戦い取るために」
(2003年10月12日)
http://inherzone.org/FDI/ms_shono_contents1.html

別にマンガや活字のロリコン表現や空想があってはいけないとは言いません。それは子供の人権との関連で考えないとだめだが、しかし表現の自由はあるし、芸術とモラルは抵触することもある。『ロリータ』というのもあるし、『源氏物語』にも出てくるし。私は苦手ですけど。

 

笙野頼子氏講演「感情の本質、唯一絶対の他者」
(2008年6月3日)
http://adr.s201.xrea.com/shono/panicame/p54.html

私はこの世界*1を病的なあるいは空想的なロリコンとは少し違う形のものとして描いています。つまりネオリベラリズムとか、市場経済がすごく宛達したときに、人間の商品化の究極の形ってなんだろうと思って、子供という商品にしてはいけないものの崩品化をする、そんな悪を書きました、つまり私は空想の世界で小学生の女の子が好きになってしまって、泣きながらその女の子に一生会わないと言って、その少女の絵を描いて暮らすロリコンの人をここで悪いとは言っていないのです。そういう人たちを責めるためにこれを書いているのではありません。人間を商品化したときの究極の形がロリコンなのであって、経済と連動したロリコンとは何かという意味でネオリベラリズムロリコンを合体させたときにロリリベラリズムというものがでてくると言ってるわけです。

 

生きながらロリコンに葬られ
(中里一日記、2008年2月15日)
http://kaoriha.org/nikki/archives/000531.html

偏狭な政治的正しさを投げ捨てて、自分や他人の迷妄と誤解をありったけぶちこみ、小説を生々しく立ち上がらせる。他者を代弁することのおこがましさを知るがゆえに、真のロリコンは作品世界には影としても登場させない。――これが笙野頼子の手法である。作品世界から排除されている真のロリコンは、読者として想定されている、と言っていいだろう。
生きながらロリコンに葬られ、それでもなおどういうわけか地上をさまよっている真のロリコンのために、『だいにっほん、おんたこめいわく史』はある。

 
失礼ですが、基本的にDMやリプに対して返信する事はありません。Mixiで懲りたので。児童ポルノ問題に対するウチらの見解は昔から変わりません。下記まとめを参照して下さい。
 

twilog.org

 
あとAmazonアフィリエイト報酬の報告は来週に行います。
 


 
街の灯 コレクターズ・エディション [DVD]

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*1:笙野氏著「だいにっほん」三部作の舞台

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今後、規制推進派が東京オリンピックなどを口実にして猛攻勢をかけてくる事が予想されます(実際、北京やロンドンなどでは厳しい浄化政策が施行されました)。
つきましてはフォローを表現弾圧に反対する活動を展開している団体のアカウントのみとする事にしました*1決して他意があってフォローを外すわけではないので悪しからずご了承下さい。



 
フォロー・ミー【Blu-ray】

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*1:一部趣味含む。

規制派フェミニスト団体が激怒、SMAPメンバー出演の幼児用オムツCMは「児童ポルノ」「子供虐待」

ポルノ買春問題研究会」と「ポルノ被害と性暴力を考える会」のメモ
http://mxixtxbx.hatenablog.com/entries/2012/12/26

 
この補足。当時、某所でも話題になった記事です。もの笑いの種としてですが。
 

子供虐待的・性差別的CM
ポルノ買春問題研究会、2001年10月30日)
http://web.archive.org/web/20030512155218/www.app-jp.org/voice/2001/01.10.30.html

最近、エリエールだったと思いますが、そのオムツのコマーシャルはとんでもない、子ども虐待CMではないかと、見た瞬間憤りました。すでに見た方もいると思いますが、SMAPの中居くんが相手役で、喫茶店みたいなところで、道路側のガラス張りのカウンターに中居君と小さな女の子(2歳ぐらい?)が座っており、その女の子の声は完全に大人の女性の吹き替えで、大人のようにしゃべり、そして、最近オムツを変えたんだ、とか何とか言いながらその中居君にスカートをめくり上げて、オムツを見せるというコマーシャルです。
 
これは、小さな子どもを成人女性とダブらせて、明らかに性的なニュアンスをにおわせつつ、スカートをめくらせるというもので、子ども虐待であるとともに、性差別的であると思います。もし大人の女性がああいう衆人注視の場(しかも、ご丁寧に、公道に向ったガラス張りのカウンター)でスカートをめくって下着を見せるようなコマーシャルだったら「わいせつ」の定義にあてはまりかねないものであり、それを避けつつ、かつ大人の声としゃべりで、スカートを女児にめくらせるというのは、二重、三重に悪質かつ差別的ではないでしょうか?これは明らかに、一種の子どもポルノではないかと思います。
 
これは絶対に、抗議をするべきだと思っています。今度、同社に電話をかけて、断固糾弾します。また、何かより組織的なアクションを起こした方がいいという気もしますが、みなさんどう思われますか?(M.S)

 
他のメンバーは件のオムツCMに「大変なショックと怒りを覚えた」そうです。
 

子ども・女性の人権を侵害するオムツCM
ポルノ買春問題研究会(2001年10月30日)
http://web.archive.org/web/20030512155450/www.app-jp.org/voice/2001/01.10.30-2.html

私もこのCMを最近初めて見たのですが、たいへんなショックと怒りを覚えました。女性と子どもが大人であり男である中居くんとの対比で性的な対象物として、表現されているからです。このCMは中居くんが男、オムツを見せる子どもが女であるという設定でこそ成り立っています。逆の想定、つまり子どもが男の子、大人が女、そして男の子が女の大人にをセクシーにオムツを見せる、というシチュエーションはまず考えられないでしょう。子どもは女の子であり、それを「観賞」する中居くんが男であるという構図においてのみ成立しています。
 
幼い女の子に対する大人の男の性的な欲望を喚起させてしまうようなCMに感じて、不快感で胸がざわめきましたオムツは性的なアイテムでは決してありません。少なくとも子どものオムツの姿が性的なフェティッシュとしてとらえられるのは、重大な人権侵害、子どもの性的虐待につながり、ギャグですまされません。
 
やはりどう見てもこのCMは、大人の男(中居くん)に、子どもの女性が、客体として対象物にされ、それがあたかもユーモアに感じられ、その人権侵害性犯罪性が覆い隠されてしまうという性格のものです。セクシャル・ハラスメントの要素も強いと思います。性的な人権侵害や侮辱をユーモアに解消してしまうことで、虐待である本質を見えなくさせてしまうことはよくなされることです。こうした作用に対して惑わされない注意が必要です。(T.Y)

 

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